第3話『新キャプテン誕生』のラスト30秒。茶髪をなびかせ、神技的なバレーボールの壁打ち「一人バレー」を続ける全身黒タイツの少女が出現する。この週ではまだ顔も名前も謎の彼女こそ、後にこずえの生涯の友となる早川みどりであった。
しかし一方で、このパフォーマンスにかけた早川の意気込みをあれこれ想像すると、登場時の彼女の来歴や思想などを知る事ができて面白いのだ。
それがバレーであったのは、なんといってもバレーは当時の女子スポーツの王様であり、どの学校でも最大の部員数と規模を誇る部活であったからだろう。
と、試合出場の経験が無かった事について早川は言い訳しているが、結局のところ部内で疎まれ孤立し、試合出場を待たずして自分からバレー部を飛び出してしまったのだろう。
実際は学年からいってもっと短い期間になるだろうが、つまりその間実戦では全く役に立たなかったこの技を、ひたすら一人で練習していたという事になる。
恐らく先輩の3年生が引退する時期をまって再起を果たそうと黙々と練習していたのであろうが、そんな時古巣の富士見市への転校は願ってもない事だっただろう。
2年の途中からならレギュラーは確実で、さらに念願のキャプテンの座も射止められるかも知れないという計算もあった。
不良チーム対バレー部の名勝負の評判は学校のみならず町中にも知れ渡っており、キャプテンとなったこずえの噂はすぐに早川の耳にも届いた。
すでにバレー部には実力も人気も兼ね備えた強力なヒロインが存在していたのだ。
早川は猛烈な嫉妬に燃える。
登場編。最初の勝負ポイント。
一目見ただけで一生忘れられないような演出をもって、おのれの強烈なカリスマイメージを植えつける。
調略工作。金品や父親の地位を使って人心を買い、味方を集め第三段階への地ならしを固める。
謀略工作。ネガティブな噂でこずえに対する不信感をうえつけ、こずえと部員を分断する。
第二段階で信用を得ているため、多少強引なデマでも通用してしまう。
いよいよ作戦の最大のヤマ場である。
部員たちの不信感を買い孤立させたこずえに、決定的なスキャンダルを持って止めを刺す。これで彼女の立場を完全に失墜させ、息の根を止める。
その後多数決による正当な手続きによってキャプテンの座を奪取する。
ここで終わらないのがさらに巧妙かつ悪質な点である。
総仕上げとして孤立無援のこずえに救いの手をさしのべる。
追放せず、赦しを与える事で周囲に自分の器の大きさをアピールでき、しかもこずえを手なずけアゴでこき使う事もできるようになるのだ。
それは『女王様の降臨』にふさわしい、後に伝説となるような華々しくインパクトを持った登場でなければならない。
そのための劇的な登場のタイミング、パフォーマンスを何度も練り直し考え、衣装や演出も凝りに凝った。
おそらく色々な映画雑誌や芸能雑誌をひっくり返して研究したに違いない。
姿見に映った黒ずくめの精悍なスタイルは「女王陛下のダイナマイト」のミレーユ・ダルクか「サンダーボール作戦」のルチアナ・パルッツイか。
勉強そっちのけで鏡の前で何度もポーズを取り、一人悦に入る早川の様子が目に浮かぶようである。
戦後、ビートニクや進歩派インテリのファッションとして流行した全身黒づくめの『実存主義ルック』は、68年のパリ5月革命で再び注目を集めていた。早川が意識していたかどうかは定かでないが、日本では淺川マキなどが有名。
この最も印象に残さなければならない華やかで記念すべきファースト・コンタクトを飾る衣装が、ただの真っ黒なタイツだったという事に諸君は疑問を抱かなかっただろうか?
たしかに体の線や動きを見せるにはシンプルな形と色はベストである。
しかし、万事派手好きで日常的にパンタロンスーツやカルダン風のワンピースを着こなすオシャレな彼女にしては、この黒タイツは少々渋すぎやしないか。
なぜ彼女は敢えてこんな衣装を選んだのだろうか?
こんな歩き方はバレーボールに全く関係ないし、必要のない技術である。
しかもそれはまるで見せつけるかのようなわざとらしさであった。
・・・実はここに、黒タイツの謎を解き明かすヒントが隠されていたのだ。
早川がタイツ姿を選んだのは、まさにこの踊る方の『バレエ』を意識していたのではなかろうか??
発端は1950年公開の映画『赤い靴』のヒットであったと言われるが、高度経済成長期に入った昭和30年代には全国にバレエ教室が乱立し、かなり高額なレッスン料だったにもかかわらず入学待ちが溢れるほど入門希望者が殺到したという。
空前のバレエブームで少女誌の誌面はバレリーナだらけとなり、女の子達は高橋真琴や牧美也子のバレエマンガに熱中したものだ。昭和40年代中盤に入るとやや勢いは衰えるが、それでも当時の『マーガレット』の読者相談には
当時の少女たちにとってバレエは憧れのお稽古事であり、最高のステータスだったのである。
バレエのレッスンで使用した黒タイツは彼女にとって使い慣れたものでもあったと同時に、それを衣装とする事で少女達の羨望の的であった『バレリーナ』をイメージさせ、華やかなステータスを誇示する意図もあったのだと思われる。
アホな部員たちは早川の颯爽とした姿にコロリと魅了され、こずえに恩のあるはずの不良グループも分断する事に成功する。
柏木は早川と旧知の仲でもあり、彼女の警戒すべき性格を忘れていなかった。そして一目で早川を胡散臭いと見抜いた桂城、この二人の反応は早川の計算にはなかった。
ターゲット以外の人間は利用されるべき愚鈍なコマとしか見ず、初めからナメてかかっていた所にいかにも彼女の自己チューなお姫様的性格が見て取れる。
早川の巧みな工作でこずえは
『人気者になっていい気になっていたが、今は早川さんを妬んで拗ねている』
というキャラとして全員に浸透していた。無用な衝突を避け、一歩退いてしまったこずえの態度がそれをさらに助長させてしまった。
こずえを失脚させる最後の仕上げとして、備品損壊の濡れ衣を被せるという最大のヤマ場である。
しかしいくら作戦の為の演出であるとは言え、あそこまで徹底して破壊し尽くすという事は相当の憎しみがこもっていたとしか思えない。
こずえの前ではあくまで冷静、無関心を装ってきたストレスを一気に爆発させたのだろう。
暗闇の中、ひとり嫉妬に狂ってナイフを振り回す早川の姿は、ゾッとするような恐ろしいものだったに違いない。
この時、こずえの呼び出しに使った手紙が陰謀の証拠になりかねなかった。
危なっかしいと感じるかもしれないが、実際のところ早川が書いたという事さえ分からなければ全く問題なかったのである。
『証人』とすべく連れて来た中沢ら3人は早川派の最右翼で早川がこずえを犯人だと言えばこずえの弁解など聞くはずもなかった。
追い詰められ、切羽詰ったこずえがヤケクソになって訳の分からない事を喚いている。三人の目にはそうとしか映らなかったはずだ。
そして早川の放ったビンタでこずえが沈黙してしまった事で、状況的にこずえのクロが確定してしまったのである。
この後の展開はご存知の通り。
仕上げとしてこずえら3人を呼び戻す事も女優並みの演技を使って成功し、ほぼ早川の目論み通りに終わったが、化けの皮が剥げるのも早かった。
『女王デビュー』に熱中したあまり、その後を何も考えていなかったのだ。
実際の試合で活躍してこそ真の英雄となり女王として君臨できるのだと言う、一番肝心な点を忘れている。
キャプテンになった早川はひたすら目立ちたいがための個人プレーの練習に精を出し、結果チームを惨敗に導いてしまった。
このあたりが周到に見えて幼稚、早川らしい可愛い所でもあるのだが。
しかし先入観というのはこわい。
この時の早川は全身タイツとばかり思っていたが実はそうではなかった。
よく見ると上に襟付きのシャツを重ね着していたのだ。
さすがの早川も、全身タイツで校内をウロウロする度胸はなかったのだろう。