富士見軍団最後の戦い・4 インターバル~こずえの誤算

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しまった!

 
山本さんが立ち直ってしまった?!
せっかくあと一歩まで追い込んだのに、これじゃ元の木阿弥じゃない!

 

 第2セットで流れは変わった。それは決定的なものだった。
天佑としか呼べない幸運なハプニングが起こり、完全に運を掴んだはずだった。
決定的に変わった流れが再び戻る事など、こずえにとって経験した事のない事態である。
 
手を取り合い無言で見つめあう山本と白河。
二人の目は涙で潤んではいたが、澄み切った瞳には興奮や熱狂とは無縁の輝きが宿っていた。
もはや両者の完全復活は疑いようも無かった。
 
・・・白川さんが復帰すれば、また振り出しに逆戻りだわ。
ひねり回転レシーブがあっても、有効な打撃力がない富士見のジリ貧は目に見えている。
このままでは勝てない。なんとか手を打たなければ、確実に私達は負けてしまう!

こんなことってある?
 
なぜ? 
 
 なぜだ??
 
 こしゃくな奴らめ! 
 
運命の力、天の配剤によって変わった流れが、初めて覆された。
白川と山本、あの二人にそんな能力も資格もあるはずがない。

能力も資格も・・・
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こずえは山本たちを甘く見ていたようだ。 
 
もちろん大ボールスパイクにはかつてない脅威を覚え、最大級の警戒をしていた。
また、焦りと恐怖から幻覚の発作が悪化するほど精神的に追い込まれもした。
それでもこずえにとって白河と山本の二人は、強敵といえどどこか格下の人間という意識があったのだ。
 
一体どこからそんな思い込みが出てきたのだろうか?
これまでこずえが戦ってきた中で本当に強い、真のライバルと認めた者はいずれも能力に優れているばかりでなく、美しく、人格的にも尊敬できるカリスマばかりだった。
垣之内、八木沢香、シェレーニナ。皆一流の選手でありカリスマであり人格者だった。
逆に、どんなに実力があっても三原由美子や飛垣遼子のような根性が不潔で捻くれた者、川地絹子のようなゲテモノの異端者、これらはこずえの中では格下の扱いだった。
 
そしてもうひとつ言うなら、こずえは大の美人好きである。
こずえの関心や興味の持ち具合は、相手の外見によってかなり違う。
もっと言うと顔の美醜で差別しているのだ。
その趣味はライバルの格付け認定にも影響していた。

だがそれは単なる好みの問題ではなく、ちゃんとしたこずえなりの理由があった。
容姿の美しさは生まれもって与えられたもの、運命そのもの。
本物の一流は実力と根性、人格も一流である上に、運や天も味方につけるはずである。
それは努力や根性では埋められない絶対的なものだ。
全く同じ実力なら、運を味方につけたもの、すなわち美しい者が最後に勝つ。
それが過酷な実戦の中で人間離れした強力すぎるライバル達と渡り合い、確信に至ったこずえの秘かな持論であった。
 
そしてそれは大体当たっていたのである。
 
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 こずえが心から認めるライバル達に比べれば、二人にはカリスマも美しさもない。
美しくないどころか、この二人の見るに耐えない醜い姿をこずえは何度も目撃している。
雑魚とは言わないまでも、所詮二流の相手であった。
だからどんなに絶望的に追い込まれても、心の片隅では、いつか彼女達の化けの皮が剥げると密かにタカをくくっていた。
チャンスは必ず巡ってくるはずだと期待を残していたのだ。
そして猪野熊の登場という予想外のハプニング。
ボロを出した二人は自滅に近いような有様で敗れ去った。
これは偶然ではない。
この降って湧いた幸運を、こずえは当然のことと受け止めた。
幸運を味方につける格の差が出たのだ。
所詮自分と彼女達とでは格が違う。
山本も白河もよく苦しめてくれたが、ここまで。こうなることは最初から決まっていたのだ。
彼女たちの息の根は、完全に止まったはずだった・・・。
 
それがこの前代未聞の復活である。
一体この試合で何が起こっているのか?


天佑?神助?運命の子?
ようやくこずえは気付いた。
そんなものはない。
元々そんなものなど無かったのだ。
自分は、無自覚のうちにまるで天が自分に味方しているかのような、根拠のない傲慢な錯覚に陥っていた。
あたかも選ばれた特別な存在であるかのように。
自分は選ばれた特別な人間でも何でもない。
自分と彼女達との間に壁など無かったのだ。

古今、スポーツに限らず剣豪、武道家棋士、雀士に至るまで、ギリギリの戦いを続ける勝負師達の中にはその道を極める途上で、運や神、形而上の力などオカルトまがいの奇怪な理論に傾倒してしまう事例が多々見られる。
こずえもまさにそんな「魔境」に踏み外そうとしていたのだ。
 
運、たしかにそれは勝負の重要な要素のひとつではある。
だがそんなものは現実の勝利にどれほど貢献しているのだろうか。
「勝負は時の運」と言うが、それは持てる力を全て出し切ってからの話だ。
どんなアクシデントにも原因がある。おこるべくして起こる理由がある。
そしてどんな偶然の幸運に見えても、それは自ら作り出したチャンスなのだ。
ラッキーな相手のミスも、努力と鍛錬の差が出るだけであって、それは現実の力の問題だ。
実力より偶然の運に重きを置いて賭けに頼ようになったら、もうお仕舞いだ。
生まれつき持っている運命とか、理屈で説明できない不思議な力によって護られている、などという迷信を信じる事自体が、勝負者として恥ずべき自惚れである。
自分もいつしかそれに嵌っていたのだ。

目の前の勝負を決めるのは現実の力しかない。

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・・・今から挽回できるだろうか?
こずえは、これまでの戦いで最も苦しかった、2年前の世界ジュニア選手権でのソ連との決勝戦を思い浮かべていた。
お互い持てる全ての力を使い果たし、ギリギリの気力と精神力で競り合った文字通りの死闘。
転げ回り、這い回り、互いに目をそむけんばかりのムキ出しの執念で、クソミソの区別も無く咬みあった。
あの時は紙一重の差で敗れはしたが、もう一度チャンスがあれば勝てたかもしれなかった。
だが試合が終わった直後は、バレー馬鹿の自分でさえ、もう2度とバレーなどしたくないと思うくらいの苦しさだった。
次のセットは、それ以上の苦戦を強いられるのは間違いない。
しかし、準補欠の石川を含め、今のメンバー達が果たしてそれに耐えられるだろうか?

さらに今回は状況が厳しい。
竹市と石松が退場した富士見には、もう後がない。
「ひねり回転レシーブ」のできない補欠を、みすみす大怪我をさせるためだけに本郷がコートに入れるはずがない。そのまま試合放棄となるだろう。
もはや、富士見に勝算が残されていないのは明らかである。
今度こそ待ったなしの絶体絶命が突きつけられてしまったのだ。

 しかし側らでは、そんなこずえの胸中などまるで気づかないお調子者の猪股と中沢が、追い討ちをかけるかのように愚劣極まる軽口を叩いていた。
 
中沢: 「大ボールスパイクなんて、もう、へ~っちゃらよね!ぜ~んぜん怖くないもんね。」
デコ: 「そうそう!第3セットもこの調子で、か~るくいただいちゃいましょうネ。」
 

ウ、ウルトラ馬鹿!

鉄板の死亡フラグを自ら立てるような行為。
だが彼女たちは無意識にやっているのだ。
今、富士見チームは嬉々として自ら破滅の道へと突き進んでいる。
 
全身を、鋭い悪寒が走った。
 
と同時に、これまで経験したことのない異様な脱力感、倦怠感、無力感がこずえを襲った。
  
・・・これはもう・・駄目かもしれんね・・・
 
 
 
 
(つづく)