宿命の黒き狼!八木沢三姉妹~1・静かなる次女・静

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3姉妹、3兄弟ものの物語は数多いが、主役はしっかり者の上か自由奔放な末っ子になることがほとんどだ。大体において真ん中というのは、大人しく控えめで目立たない存在になりがちである。個性や自己主張の弱い真ん中は引き立て役、脇役専門で影が薄い。

 

まずどんな家庭でも第一子は特別だ。その誕生は周囲から最大限の祝福を受け、親はもてる以上の愛情まで注ごうとする。
そしてこの世のあらゆるものは我が子のためにあり、その将来に無限の夢と途方もない期待をかけるだろう。それはしばしば無関係の他人を苦笑させるが、初めて人の親となる身ならば誰もが経験する自然な感情だ。

 

しかし2番目以降の誕生は親にとってもはや人生最大のイベントとして有頂天の大騒ぎをする事ではなくなり、注がれる愛情や期待はより現実的なものに修正されるだろう。
八木沢三姉妹のような年子の真ん中は、長女の誕生の時ように両親の過剰な愛を一身に受けることもなく、またすぐに妹が生まれ、親はその世話にかかりきりとなるため、その愛情を独占できる期間も短くなってしまう。

 

ゆえに三姉妹(三兄弟)の上と2番目の関係というのは特殊である。
特に八木沢三姉妹のような年子の場合、幼い末っ子の世話にかかりきりとなる親に代わり、長女が『ちびママ』になりきって次女を管理指導しようとする傾向が出てくる。その結果、上と2番目は非常に結びつきが強く、その間には絶対的な上下関係が自然と育まれる事となる。
長女と次女は常に行動を共にしている事が多く、姉の影響を強く受ける次女は趣味趣向もそれに従う。習い事も長女のあとにくっついていくので、姉妹の関係以外にあらゆる場面で先輩・後輩のような主従関係が出来てしまう。
長女の次女に対する影響力というのはかくも絶大なものだ。
さらに外見でも、次女の洋服は当然のように長女のお下がりを与えられるが、2度着古したお下がりを三女が着ることはまず無い。
よって長女と三女の靴や洋服は常に新品、次女のそれはいつも長女のお古、という事になりがちであった。
こうして望まずとも次女は外見も中身もまるで長女の縮小劣化コピーのようになり、存在感自体も希薄になってしまうのだ。

 

一方で三番目は親との関係が上の姉たちよりも密接である場合が多く、一人っ子のように見えるのが特徴だ。
3番目は姉たちの影響を受けずにマイペースである。親も末っ子は放任してしつけや教育もゆるいケースが多い。
次女に対しては『ちびママ』になりきっていた長女も年齢が離れた幼い三女には感心が薄く対応も甘い。結果、のびのびと育った末っ子は自己主張が強く、個性的な才能やキャラクターを得やすくなる。
次女は三女に対し長女が自分にしたような強い影響力を発揮したり、厳しい主従関係を作る事はできない。親の愛情を独占した三女は直接母親の影響下にあり、親代わりの支配者など必要としないからだ。

姉妹の上下関係を長女から叩き込まれた次女と、妹のくせに対等の口を聞く生意気な三女の間ではケンカが絶えないが、大抵の場合『お姉さんだから』という理由で次女が我慢を強いられる事になるだろう。
2番目は、いつも上からは姉に押さえつけられ下にはお姉さんらしく振舞っていなければならないため、常に抑制が求められ、自由に自己主張ができない立場となる。

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八木沢三姉妹の次女、静も当初は目立たず三姉妹の中では一番地味な存在だった。
禁欲的なベリーショートの髪型も、そんな彼女の性格や役割をよくあらわしている。

香や桂が関西人らしくズケズケと物を言い、けっこうおしゃべりだったのに対し、静は寡黙でクール。
姉と妹が相手を挑発したり軽口を叩いている時も、一歩下がり黙って聞いている事が多かった。
姉に従い、妹のフォローをする次女はあくまでも控えめ。
出しゃばらず、淡々と役目を果たすことが本分と心得え振舞っているように見えた。

静の声は 松島みのり増山江威子松島みのり桂玲子と、入れ替わりが多かった。
しかしそれでもさほど違和感がなかったのは、松島みのり増山江威子の時は意識的に声のトーンを低く抑えていたこともあるが、静のセリフ自体が極端に少なかったからだろう。
増山江威子の担当は第61話だけだが、注意して聞かないと気付かないぐらいだ。
声質が全然違う桂玲子になってからは甲高い声でよく喋るようになったが、それまでは本当に無口である。
桂玲子は『サザエさん』のイクラや『一休さん』のさよちゃん等、黄色い子供声やキンキンしたロボット声の印象が強く、そのハイトーンボイスが少々鬱陶しく感じる時も無きにしもあらずだった。
が、桂の再起不能直後に見せたダークでやさぐれた静の熱演はすばらしく、次女・静の姉や妹に対する隠された思い、語られなかった彼女の複雑な内面や深い葛藤にまで思いを巡らせる事ができた。

 
母親の死後、三姉妹がより絆を強くもってバレーに打ち込んだのは当然だ。
その間、香が卒業し、自身がキャプテンとして寺堂院を背負って立つプレッシャー、コーチ就任した香との間で板ばさみに合いながら、黙々と責務を果たそうと彼女なりに必死で努力してきたはずだ。
しかし桂を潰された事で、こずえに対する復讐を巡って香と激しく衝突する。
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姉でありコーチである香は絶対で、どんな命令にも従ってきた静が、この時初めて反抗したのだ。
東田の再三の忠告を無視し、香が頑なに桂を退場させなかった理由は第三者にとっては理解しがたい。
富士見軍団に目をつけられた桂が、ハイエナのような執拗さで徹底的に狙い撃ちされ、戦闘不能になるまでボコボコにされたにも関わらず「最後までやらせる」と、断じて桂を引かせない意志を示した香。

最初に東田が忠告した時点ではまだ桂も限界ではなかったし、チームの負けは確定していなかった。
川地も静も健在だし、桂を引っ込めても挽回できるチャンスはまだあったはずである。
にもかかわらず、この時点で香は結果的に勝負を投げてしまうような行動をとっている。
彼女を出し続けることによって、結局、寺堂院は自滅的な逆転負けを喫してしまったのだから。


『ここで退場させたら、桂は二度とバレーができなくなるんじゃないか』
それは桂の意志ではなく、香の気性から出た判断なのである。
香なら徹底的に打ちのめされ、実力差を思い知らされたまま途中でコートから引きずり下ろされるくらいなら、倒れるまで続けさせて欲しい。当然それを望んだからである。

香の常軌を逸したこの判断の裏には香の気性、性質による独善と、妹に対するプライベートな感情があった。それが試合の勝利という、本来の目的に勝ってしまったのだ。
その根底には、八木沢母娘のバレーをという手段を通じて己を理想の人間像にまで高めるという『道』の精神があり、プライドや信念、意地のためには命を投げ出すことさえ厭わない美学があった。
現代の基準からすれば、極端で異常で、全く容認できないことかも知れない。
だが、それが八木沢三姉妹の特殊な家庭における一貫した価値観~美学だったと考えれば納得できるのではないか。

 

もしかしたら静は、こんな母や香の行き方に疑問を感じていたのかもしれない。
母の死に際でわかった、人としての情よりも信念や理想が優先される世界。
そこで生きる事は、時に人の心を捨て鬼になることを要求される。
すでに一線を超え修羅の道を歩んでいる鮎原こずえのような、ひとでなしの冷酷さと非情さを持たなければならないのだ。
桂に試合続行させようとする香に、静は戸惑っていた。
静は桂をベンチに下げたかったのである。
だが有無を言わさぬ姉一言で、静も我に返ってそれに従う。
自分を殺し、姉の言葉に忠実に従う次女の領分に従ったのだ。
母親や姉と違い、常に一歩引いて追いて行く自分は、何も考えず、無邪気に家族に従っているだけの妹の本質を冷静に見抜いていた。
要領よく何でもこなす末っ子に、母も姉も過大な期待をよせる。
だが彼女には母や姉の期待に答えるような器は無かった。
その結果もたらされる悲劇を予想できたのは自分だけだった。
しかしその悔いを認める事は、姉の判断の誤りを認め、姉を糾弾し責任を問うこととなる。次女の領分が本能的にそれを回避し、直接痛めつけたこずえに怒りを向けた。
あの時こずえに向けられた激しい憤怒、暴力による復讐の決意は、実は姉に対する感情を捻じ曲げ迂回させる方便でもあったのだ。

 

だがそれも破綻する時がくる。
病院へ戻った静は、そこで「大人の対応」で自分をたしなめようとする香に猛然と食ってかかった。桂の限界を知っていて無茶な戦いを強いたくせに、
「だれのせいでもない」などと、綺麗事を言って自分を責める香の身勝手さに腹が立った。
そして、ついに直接姉に向かってその怒りが爆発する。
物心ついた頃から姉と母に従い、その役割を真っ当する事に何の疑問ももたなかった彼女が、生まれて初めて姉に激しく反抗したのだった。
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『あんた、鮎原さんのとこへ行ったんやな・・・ 何を言うてきたんや!』

 語気鋭く問い詰める香を、無言でにらみ返す静。(76話)

 

そんな静も、桂の言葉によって再び自らの運命を受け入れる事となった。
こずえを恨んでいないという、桂の思いがけない言葉に静は驚く。
それは誰に言わされているでもない、彼女の本心からの叫びだった。
桂は母や姉たちに乗せられ、傷を負って倒れたかわいそうな妹などではなかったのだ。
これにより静は妹の本音を代弁することで正当化しようとした、自分自身の母や姉に対する不満、そして妹に対する嫉妬を自覚する事となる。
「力尽きたらコートで死ぬ」その美学を完うさせようとしたのは香がコートに出られない自分自身を桂と重ねて同化し、一体化させていた証拠だ。決してエゴではない。それは香が桂に示した最大限の愛の表現でもあった。
そんなふうに香の本心を計った静は桂に激しく嫉妬し、同時に姉を恨んだのだ。

それを自覚できた事によって、静は封印してきた姉や妹に対する本当の想いや願い、それに自分自身の生き方をあらためて見つめなおすのであった。


この1年で家族を襲った二つの悲劇をきっかけに、静は無条件に受け入れることによって目を背けてきた心の奥底にあった不満や疑問と向き合い、それを乗り越えることによって初めて姉の縮小コピーではない、主体性をもった選手へと脱皮できたのであった。

静の反逆は姉の影響力の元から離れ、独立した個性を勝ち取った証であった。
しかし、同時にそれは三位一体でプレイし続けた八木沢三姉妹の終焉も意味していたのである…

 

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静のストイックでスレンダーな外見は、三姉妹の中で最も攻撃的で精悍なイメージを持っていた。
実はかなりの美少女であるにもかかわらず、静のルックスは香のような華やかさも、桂のような個性も感じさせない抑制されたものであった。
発達した四肢、盛り上がった肩と厚い胸板。
見事なカーブを描く脊柱と前方に傾斜した骨盤は強靭な体幹と背筋を伺わせ、物心ついたころからバレーの英才教育を受けた体は戦士のように鍛え抜かれていた。
フィジカル面では恐らくこずえを上回っていたはずだが、姉の卒業、妹の再起不能で一人になってからはさすがにモチベーションも低下したらしく、再会したこずえにもつい弱気な発言を漏らしてしまう。
最後は山本の大ボールスパイクの猛攻にさらされ、奮闘空しくコートに倒れた。
 

 

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第60話で母親(美樹)の回想シーンに出てきた幼少時の香と静。桂がまだハイハイでおむつをしていたから、香4歳、静3歳ぐらいだろうか。