誘惑者・野沢由紀子

目的? 

 

私はね、誘惑するのが趣味なの。
あなた達のような仲良しを誘惑して引き裂く事だけじゃないわ。

 

ひたむきに努力してる人。
歯をくいしばって耐えている人。
命がけで戦う人。

 

そんな人たちを誘惑して、駄目にしちゃうのが好きなの。

 

面白いの。楽しいのよ・・・

 

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野沢さんきらーい。

 

じっさい、濃い「アタックNo.1」ファンの中には野沢アンチな人は結構多いんじゃないのか?
いかにも大人や先生受けしそうな「いけ好かない優等生」であるというだけでなく、あらためてよく見直すとこの女、実はなかなか油断のならぬ奴だったという事を思い知らされる。

 

努がこずえとの間に隙間風が吹いていると見るや、その間にぐいぐい割り込んでくる。
そのやり方も、いかにもさりげなく自然な立ち回りで肩から割り込み背中で押し出す強引さだ。
こずえと努が気まずいムードでいる時、まるで狙いすましていたかのようなタイミングで
「一之瀬さぁ~ん」って
わざとらしく清々しく叫んで駆け寄ってきたのが彼女の初登場シーンである。
助け舟を得た努はそのまま彼女と朗らかに語り合いながら去っていくのだが。
こずえの心中を掻き乱した野沢に対するドス黒い感情は察するに余りあるだろう。

 

またクラブ会議で三田村にすごまれた時などは
「そんな大声出さなくても・・」
と珍しくひるんだ様子を見せたが、これは隣の努を意識して怖がったふりをしただけだ。
こうすれば努も本能的に守ろうと身をよせてくるだろうし、それをこずえの目の前で見せつけようという寸法だったんだろう。多分・・・

 

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不自然な姿勢でさりげなく努の体に胸を突き出す野沢。てめえ~(25話)
偶然を装って体を接触させるオプションは様々あるが、これは結構大胆だ。
しかも努は試合に熱中、無防備になってるのでまたとないチャンス。
不意に身を起こせば肘か背中がボインにタッチする事となる。なんちゅうふざけた女だ。

 

昔ドキドキしながら読んだおませなラブ指南書にもこう書いてありましたよ。

 

『男のコは手を握るのはもちろん、女の子の体のどの部分に触れてもドキドキするもの。わざとぶつかったりして、彼の心(ハート)を奪っちゃおう!』

 

とか。ひどいね。
だがまさにこれは実戦テクニックの基本にして奥義。
このチャンスと見るや核兵器級の実弾も躊躇なく使いかねぬ大胆さと、繊細な状況判断ができる野沢という女、ただ者ではなかった。
野沢自身、実は自分がどう見られてるか多方面で分析して意識してるはず。
「自分が可愛い」とか「憧れてる男子が多数いる」とか、分かってるくせにそれを億尾にも出さないしたたかさ。
女の子に果てしなき夢と憧れを抱く純情一途な男子諸君よ、この手の女が一番恐ろしいのですよじっさいの話!

 

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それはさておき。

 

もともと新聞部の二人は気が合っていたようだが、バレー部が全国制覇を果たした後からそれが目立つようになる。
頻繁に行動を供にし、仲良さげに話す二人。努に初めて野沢を紹介された時から、こずえも嫌な胸騒ぎを感じていた。
それに周りがチヤホヤしてくれる中、なぜか努だけが自分に冷たいのも気になっていた。

 

こうしてなんとなく二人の間がギクシャクしていたその時であった。
突如として彼らが作る学園新聞にバレー部専用体育館建設反対、並びに、人気に乗じ女王きどりで専横を欲しい儘にするこずえとバレー部を激しく糾弾する記事が掲載される。
こずえにしてみれば全く寝耳に水、理解を越えた驚愕の言いがかりであった。

 

こずえらを「おごれる英雄」と切り捨て、本来ならすんなり通るはずだった専用体育館建設にも異議を唱えて反対を表明するなど、難癖をつけてるとしか思えない努の態度にこずえの不信と苛立ちは頂点に達する。

 

たしかに、今見るとこの学園新聞の主張はちょっと無理矢理な感じがする。
「真のスポーツとは何か」という問題が、どうして一方的なバレー部批判と専用体育館建設反対に結びつくのか?
これではこずえもそう受け止めたように、バレー部の人気をやっかみわざと波風を立てて意地悪をしただけのように見えてしまう。

 

しかしこの主張、じつに当時の『空気』をよく表しているのだ。

 

まずは『異議あり』である。
マージナル(周縁・特殊)的なものへの理解と共感、ユニバーサル(中心・普遍)に対する批判と攻撃、が当時のジャーナリズムの真骨頂であった。
バレー部専用体育館建設反対の主張は、少数派として敢えて問題提起し、体制のシステムに異議申し立てするという70年代初頭の若者らしい熱き魂のあらわれでもあったのだ。
たかが学園新聞と侮ってはならない。努と野沢のジャーナリストとして真実を追究する姿勢、中学生ながら自由と正義のために戦うという信念は半端なものではなかったのである。
特にバレー部の陰で犠牲となった弱小卓球部の廃部は、彼らの使命感と闘志を多いに燃え立たせたはずだ。
賞賛と熱狂の陰で押しつぶされ消えてゆく弱者たち。
耳を傾けるべきは彼らの声であり、そこにこそ真実がある。
東京オリンピック大阪万博に反対した知識人達のように、彼らも世間の大多数の流れとは逆の視点と立場から
 『異議あり!』
を発したのだった。

 

そんな時代だったから、この新聞部の反バレー部キャンペーンも多くの共鳴者を得たようだ。
それまでバレー部万歳、富士見中学万歳、のお祭りムード一色だった学園内の空気も変化し、クラブ会議では建設反対派と賛成派が拮抗する事となる。

 

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さて、件の新聞をひっつかみ「努を出せ!」と新聞部に怒鳴り込んだこずえ。
しかし努は不在。
代わりに応対した野沢は、興奮するこずえに落ち着き払った態度でこう答えた。

 

「記事を書いたのは一之瀬さんだけじゃないわ。私も、書きました。」

 

こずえは目を剥いた。
・・・『私も』 だと?
つまりあの記事は二人で書いたってこと?努君と一緒に、二人で!?

 

見れば、野沢はこずえの襲撃を明らかに予想しており、待ち構えていた様子だった。
努が席を外していたのも偶然ではあるまい。

 

「やっぱりそんな事だろうと思ったわ!」

 

・・・予想はしていたが、これで謎は解けた。
優勝直後からのそっけない努の態度、そして現在のこの訳の分からない言いがかりの数々は、全て野沢の入れ知恵だったに違いない。
私がバレーに打ち込んでる隙に努君に近づき、まんまとそそのかしたんだ。
こいつは私と努君の仲を引き裂こうとしている。
そして今、不敵にも挑戦状を叩きつけてきたのだ!

 

上等よ!

 

こずえは拳を机に叩きつけると、猛然とこの誘惑者・野沢由紀子の挑戦を受けて立った。

 

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しかし興奮してまくし立てるこずえに対し、野沢は理路整然、一分の隙もなく淡々と言い返してくる。

 

「大人には大人の思惑があるわ。あなたは優勝にのぼせ上がってるからそれに気付かないのよ。」

 

じっさい箱もの工事に利権は付き物。
一見善人面だが、二言目には「名誉・名声」を口にする俗物の校長や、体育館建設の音頭を取った蝶ネクタイの市会議員とやらが、往年の名和宏や安部徹ふう悪代官顔だった事からも、これには相当胡散臭い話がからんでいた事が伺えた。
このような「大人の汚い思惑」に振り回されたくないという、少年少女特有の潔癖な正義感が、努と野沢をして体育館建設反対を言わせた根拠のひとつとなっていたはずだ。

 

野沢に言い負かされたこずえはしどろもどろになってしまう。
こずえには彼らの主張が全く理解できなかった。
しかし、その理解できない問題で野沢と努が、現在親密な同盟関係にあることだけは解った。
この二人は単純なGF、BFの関係ではなく、高い理念と思想で結ばれた同志でもあったのだ。

 

く、悔しい~!

 

そんなこずえに対し、野沢は勝ち誇ったかのように「全ては明日のクラブ会議で決まる。」
とダメを押す。
根回しもバッチリ。
討論でも今のように賛成派を完全に打ち負かす自身ありとの余裕の発言であった。

 

ついにヒステリーを起こしたこずえは、涙目になって「鮎原こずえ最大の暴言」として記憶されるあのセリフを吐いてしまう。

 

「ふん、あなたたちは秀才よ。富士見学園映え抜きの優等生だわ。でも、あなた達には新聞は作れてもスポーツの楽しさはわからないわ。なによ! 頭でっかちのカタワ!!」

 

言い終わるや、こずえは積んであった新聞の束を掴んで野沢に投げつけた。モーレツ!
だが野沢はこの暴言や暴力にも全くひるまない。
それどころか、ますます軽蔑しきった冷ややかな目でこずえを見つめ返すのだった・・・
完敗である。
こずえはベソをかきながら部屋を飛び出した。

 

『秀才で映え抜きの優等生』はこずえも同じ。
だが校内テストでトップの成績を取る頭脳を持ちながら、ことバレー以外の見識にかけては絶望的に不毛であったバレー馬鹿の彼女こそが、逆に『偏ったカタワ』だったと言えるのではないか。

 

「頭でっかちのカタワばかりだわ!」

 

このブチ切れたセリフには、自分には及びもつかない「高尚な」関係で結ばれている二人への、こずえの嫉妬がストレートに現れていたのである。

 

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さらにこずえが危機感を抱いたのは、野沢がいかにも保守的な大人や真面目タイプの少年に好かれそうな美少女だった事だ。
こずえママも野沢の第一印象を
「賢そうな、可愛いい子」
と好感を持って語っている。
アニメ版の野沢は色白で黒髪ロングヘアーに黒目の大きなぱっちりお目目。
彼女は派手でバタ臭い少女マンガ顔のこずえとは違う、日本人形のような清楚な可愛らしさ、そして知的で落ち着いた文学少女の雰囲気を持っていた。

 

実はこずえには時々無理して本や詩集を読んでイメチェンを計ろうとするなど、秘かに文学少女に憧れていた節がある。
結局この方面の探求は毎回すぐに挫折していたようだが、お転婆なこずえに野沢のような可憐でおしとやかな文化系少女にコンプレックスがあるのは伺えた。
この妬みもあって、野沢・努によるバレー部バッシングが、こずえの中で体育会系VS文化系という対立構図を生み出し、サッカー部も巻き込んだ全面抗争となる。

 

「そっちが文科系エリートの論理と連帯を見せつけるなら、こっちは体育会系エリートのそれをみせてやる!」

 

とばかり、当て付けるようにこずえは三田村と急接近。
その結果努は三田村にボコボコされ、こずえも努に張り倒されるという暴行を受ける。
難儀なことである。これも野沢の存在がなければここまで事態がこじれる事はなかったはずだ。
全くとんだおじゃま虫であった。

 

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「こずえ&三田村」。期間限定だったが、このカップルもなかなか絵になってた。 まあ、野沢が当て馬になってくれたおかげで結果的にこずえと努の関係もより強く深まったわけだが・・・