小林さんの怒り ~第15話『勝利のあとに』

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卓球部の小林さんは怒りに燃えていた。

 

今日という今日は言ってやる。
あの女王然としている鮎原こずえとバレー部に。

 

そもそも彼女はメジャーなものが大嫌いだった。
力のあるヤツ、大きな奴、いばってる奴を見るとむやみに噛み付きたくなる。
いつの世も、気骨のある若者は戦いを挑むのだ。
卓球というスポーツも肌に合っていた。
大声でぎゃあぎゃあ暴れ回るバスケやバレーと違い、燃えさかる闘志を暗色のユニフォームに秘め、黒い卓球台の前で黙々と球を打つのが性にあうのだ。



それにしても最近のバレー部の横柄な振る舞いは目に余る。
日本一になったからってなにさ。
なにより腹がたったのは、これまで部活動には消極的だった学校当局がバレー部の全面バックアップに乗り出したことだ。バレー部日本一に絡んで大人達のドス黒い思惑や利権が蠢き、市や地元財界の支援でバレー部専用体育館の建設構想までブチ上げる始末。
そしてそんな大人達の思惑に踊らされるままにいい気になっている鮎原こずえとバレー部員たち。

 

そんな小林さんも当初はこずえに好感をもっていた。
はみだし者の転校生だったこずえが
不良チームを率いてバレー部に挑戦したと聞いた時は、我が事のように興奮した。
そしてこの野良犬のような不良チームが、女子運動部の中ではメジャーな存在だったバレー部に勝った時は小林さんも心から拍手を送ったものだ。

 

それがどうだ。彼女は今や学園の女王である。
誰もが彼女を讃え、羨望のまなざしを向ける。
異を挟む者は新聞部の一ノ瀬努と野沢由紀子ぐらいなもんである。
その一之瀬努も後に新聞でバレー部を糾弾したため、サッカー部主将・三田村のテロにあう事となる。

 

メジャーになった鮎原バレー部に殺到する入部希望者たち。
この軽薄さ、ミーハーさ。こいつらメジャーなら何だっていいんだ。長いものには身を投げ出して巻かれろか。全く見ているだけで反吐が出るほどムカついてくる。
その反吐を催すような連中にいまや体育館は占拠され、卓球部は体操部ともども追い出されてしまったのである。

 

卓球部は部員数が少ないので男女合同である。顧問もいない。
さらに公式戦の成績も全く振るわない言わば運動部の落ちこぼれであった。
また慣習上部長は男子の中から選ばれていたが、部長の高橋は運動部のキャプテンとしては大人しすぎた。
声をあげて権利を主張する事もできず、ズルズルと時勢に押し流され、気付くと卓球台は体育館から運び出されてしまっていた。
さらに悪い噂が追い討ちをかける。
卓球部が廃部になるかもしれないというのだ。
この際成績や活動の芳しくない部は潰し、予算と人材と練習場所の確保に努めようというのである。
バレー部のために。



もう我慢できない。

 

小林さんは渋る高橋の尻を蹴飛ばし、バレー部へ直談判に向かった。
ただし、交渉は全て自分に任せて欲しいと高橋に釘を刺された。
頭に血が上りやすい小林さんに話をさせたらどうなるかわからない。もしケンカにでもなって天下のバレー部に手を上げようものなら、卓球部なぞ簡単にひねり潰されてしまうだろう。
「いいね。絶対に口出しはしないでくれよ。」
高橋にしては珍しく厳しい口調で念を押され、小林さんは了解した。

 

体育館は大勢のバレー部員達で、バレー部専用練習場と化していた。
さらに外でランニングをしている連中も含めたら、一体バレー部員はどれだけの人数になるのだろう。
怒号、悲鳴、それに部員達が駆け回る靴音が雷鳴のように反響し、轟音となって渦巻いていた。
館内は地獄の大釜の中の如き様相である。
その中で一際目立つゼッケン1。
ビシッと糊の効いた純白のユニフォームに身を包んだ鮎原こずえが、新入部員たちを集めレシーブの基本を教授している。
その真剣な背中からは近寄りがたい殺気が立ち昇っていた。
これが日本一のキャプテンか・・・ 高橋はすっかり気後れしてしまう。

 

「あの、鮎原さん・・・」

 

声はこずえから放たれるケタ違いのオーラに弾き返され耳に届かなかった。
たじろぐ高橋に小林さんがハッパをかける。

 

「もっと近くに行って声をかけるのよ!」

 

よろめくようにこずえに近付く高橋。
ようやくこずえが振り向いた。

 

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「僕、卓球部の高橋です・・・実は練習時間の事で話があるんだけど・・・」

 

高橋はおずおずと小林さんに言われた通りの不満をこずえに訴えた。

 

「そう言われても困るわ・・・その件は職員会議の結果決まった事なのよ?」

 

困惑した表情でそう答えるこずえには小林さんの言うような女王きどりの傲慢さは感じられなかった。
ただ、こずえの眉間に走った一本の筋が、この申し出を少なからず不愉快に感じている事は示していた。
それはもっともである。
練習中にやって来て、すでに決まったことに文句をつけるとは無礼で道理に反する。
ただ高橋としては小林さんの手前、これで話を終わらすことはできない。

 

「そ、それはそうなんだけど部員のみんなが・・・」

 

未練たらしく言葉を継いでいると、突然ナンバー2の早川みどりが二人の間に割って入ってきた。

 

「ちょっと!練習だったら外でもできるじゃないの!体操部だって外でやってるわよ!」





なんだとー?!




この早川の発言は傍らで様子を見ていた小林さんの怒りに火をつけた。

 

「それじゃ、バレー部以外は外でやれって言うの!」

 

ピン球は紙のように軽いんだ。海風吹きさらしの露天で卓球の練習などできるワケないだろうが!
小林さんは高橋を押しのけ早川に食ってかかった。
だが、そんな小林さんに早川はさらに嘲笑うかのように言い放つ。

 

「あ~ら?ひがんでるのね。」 

 

「優勝したからって、威張らないでよ!!」

 

「何もいばってなんかいないわ。でも優勝したって事は、それだけ実力があるって事でしょ?」

 

うわ、にっくたらし~
これぞ「ザ・みどり」。
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「私達にはコーチの先生もいないし、部員の数も少ないわ!だからと言ってバカにしないでよ!」

 

青くなった高橋があわてて引き戻そうとする。

 

「いいの!」

 

小林さんはその手を勢いよくはねのけた。
今にも早川に飛びかからんと殺気立つ小林さん。
それを見てニヤニヤ笑っている早川。早川の勘違いもたいがいに甚だしいが、廃部寸前の卓球部が日本一のバレー部にケンカを売った形になったのだから、彼女が傲然と小林さんを見下し挑発するのも無理はない。



あら怒ったの?おもしろいわ。
どうするの?
あんたに一体何ができるのかしら?

 

先ほどまで轟音が轟いていた体育館の中は、シンと静まり返っていた。
誰の手からこぼれ落ちたボールか、間の抜けた断続音を体育館中に響かせながら弾み転がり、また沈黙した。
眉を寄せ巨大な目玉でジっとなりゆきを見つめていたこずえが、おもむろに口を開いた。
 

 

「今のバレー部には・・・どうしてもこれだけの練習時間が必要なの。」

 

低い声である。それは、ここで面倒を起こす気なら理由の如何に関わらず全力で排除するぞというバレー部主将の警告でもあった。



「ふん、何よ!」
小林さんはくるりと踵を返し、そのまま真っ直ぐ出口へ向かった。
最初から話になるとは思っていなかった。
ただ、どうしてもこれだけは言っておきたかったのだ。
いい気になってるといつか必ず天罰を喰らうぞ。
全員がお前らをチヤホヤしてる訳ではないのだと。

 

「ど、どうもすいませんでした・・・」

 

後に残された高橋はこずえに頭を下げると、小林さんの後を追ってころげるように出て行った。
その様子を見た早川が鼻で笑う。

 

「言うだけ言ってやれって気できたのね。ひがみっぽい連中!」



学園の英雄であり、浴びる賞賛を当たり前のようにして受けてきた自分たちに突如牙を向いてきた卓球部の小林。
彼女の言葉に何かを感じたこずえはすぐに後を追って外へでたが、そこにはもう彼らの姿は無かった。探しに出ようと周囲を伺っていると本郷がやってきた。

 

「何してる。早く練習に戻らんか」
「・・・・」



一方、飛び出した小林さんを追って外へ出た高橋。
しかし正直なところ、彼はただあの場から逃げ出したかっただけであった。
案の定バレー部にケンカを売ってしまった小林さん。

 

・・・まったく、僕の立場はどうしてくれるんだ。
あれほど念を押したのに。
しかし彼女を見つけたら見つけたで気が重い。
どうせ今度は自分が八つ当たりされるだけだし・・・

 

その時思いがけず、校庭の片隅で佇んでいる小林さんを発見した。
しかし近寄ろうとした高橋はハっとして足を止めた。

 

背中をむけたままの小林さん。その肩は小刻みに震えていた。
肩越しに見える顔は、声を押さえるため必死で歯を食いしばっているのか、赤黒く染まっている。
ポタポタと地面に止めどなく滴り落ちる、小林さんのくやし涙。
それが、足元に黒いしみを作っていた。

 

小林さん、ごめん・・・



彼は心の中でそうつぶやくと、嗚咽し続ける小林さんの背後に黙って佇んでいた。







翌日。
こずえは、努の口から卓球部の廃部が正式に決まった事を聞かされるのであった・・・・






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小林さん。卓球部にしてはガッツのある女。
卓球部にしてはというのは失礼か。実際、競技卓球は中学レベルでもめちゃめちゃハードである。
だが一般的に卓球は暗いとか地味とかマイナーな印象が強い。
一時は卓球=ネクラ(死語)と言われたぐらいである。こういった偏見は80年代にタモリあたりがしきりにネタにしてバッシングした結果、世間に浸透したと思われるが 「アタック」放映当時も似たような偏見は少なからずあったようだ。

 

しかしこの第15話はまるで道徳の授業に出てきそうなコテコテのエピソードである。
『さて、この後あなたならどうしますか?みんなでかんがえよう』 的な独特の後味の悪さなど教育テレビの「あかるいなかま」「さわやか三組を彷彿とさせる。
勝利の栄光に酔い痴れ、完全に「むこう側」に行ってしまった早川らバレー部員とそのはざ間で揺れ動くこずえ。
この段階ではまだこずえにも良識的で公正な判断ができる余地は残っていた。
小林さんたちを追いかけ話を聞こうとしたのもその証拠だし、途中で遮られてしまったが本郷にも卓球部や体操部の事をもっと考慮した練習時間の割り当てを具申しようとしたのではなかったのか。
ただそんなこずえも、野沢由紀子の出現や努のそっけない態度からだんだん意固地な方向に凝り固まってしまう。

 

気骨あふれる小林さんはインパクトのある好キャラだったが、実際の登場シーンは全部合わせてもわずか1分足らずであった。
こずえともいい友達になれたと思うのだが、この回以降小林さんが登場する事はなかった。



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