禁断の花園~大沼みゆきをめぐって4 第45話「マシンガン・アタック」

 第45話「マシンガン・アタック」・Bパートつづき
 
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『大沼を追い出しただけでは問題は解決しない』

こずえは今になって自らの言葉を噛みしめていた。
大沼を頂点とする絶対的な権力システムが骨の髄まで染み付いている2年生たちにとって上級生は神、下級生は虫けらである。
その悪習に基ずく価値観は徐々に消えていくだろうが、現段階でこずえがキャプテンとして2年生を指図するにはまだ早すぎる。
と、言って今のダメダメの2年生の誰かがキャプテンになったとしも、経験や実力で勝っている早川や中沢が納得して指示に従うだろうか。練習中はともかく試合になったら言う事を聞かなくなり、それが原因でチームがバラバラになるのは必至である。


だが清水には事の重大さが全く解っていないようだった。

「仕方がないわねえ。残った人だけでなんとかやりましょう・・・」

どうも彼女には2年生達をハナから問題にしていない節がある。
清水にとっては、武市も石川も腐り切った古いバレー部の一部分でしかない。そんなふうに考えていたのではないか?
これは単に武市と石川だけの問題ではない。その残った人たちすら、離れていってしまうかもしれないのだ。
だが美沢との試合とマシンガン・アタックで頭が一杯の清水にはそこまで考えは回らなかったようだ。
残念ながらこの辺の不明さ加減が、監督としての清水の限界だったと言える。


富士見高バレー部にもっともふさわしいキャプテン・・・


2年生たちは心から大沼を憎んでいるのだろうか?
こずえは桂城の話を思い出していた。
・・・ボールを手にした大沼は正に女王だった。その姿に皆が憧れ、バレー部には入部希望者が殺到したという。石灰事件をきっかけに2年生達は憎しみを爆発させたが、やはり心のどこかに大沼に対する憧れや尊敬の念は残っているはずである。
それにこずえには大沼が権力欲に狂った根っからのエゴイストだとはどうしても思えなかった。




彼女が偏狭で強圧的な独裁者の了見に陥った原因はどこにあったのかは知れないが、少なくとも初めからそうだったわけではあるまい。
時は昭和40年代初期。ベトナム反戦運動、アングラ、ヒッピー、サイケの時代。
若者の間で反権力、反体制、リベラルな思想と風潮が支配的となり、それを取り違えた身勝手で際限のない権利の主張と義務の放棄が蔓延する中、ともすれば封建的と言われ非難される富士見高バレー部の伝統を、大沼は美しいと感じた。
そしてその伝統を受け継ぎ、彼女なりの理想のバレー部を作ろうとする。
しかしこの自由奔放な風潮の中、規律と服従を絶対とする伝統的なやり方は理解されにくかった。

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例えばバスケ部に移籍した桂城の大沼のやり方に対する批判は、正に「ナンセンス!」の一言で片付けようとするものだった。
こんな部員がいては、いくらバレーが強くても美しい伝統は守られない。
逆風と戦いながら大勢の部員をまとめるためには、ある程度独裁的なカリスマを演じなければいけない一面もあったのではないか。
大沼のやり方に反対し、仲間を語ってチームの団結を揺るがす者には、冷酷な女王の顔で徹底的な弾圧を加えた。全ては理想のバレー部を作るためだった。
だがその権力と暴力のシステムが神田たち親衛隊という腐敗階級を生む。
そしてひとり歩きした『伝統』に固執するあまり、いつしか自らを絶対的な女王と錯覚した大沼が自分の意にそぐわない者は悪と決め付け排除しようとする独善に嵌ったとは言えないだろうか・・・・・・


だが大沼がこの自身の誤りに気付くのはずっとあとになってからである。
いじめも、しごきも、制裁も、石灰事件ですら伝統を守るため仕方の無い事と容認し続けた。
全てはバレー部のために行った正しい事。そう信じて疑わなかった。
そして、それは自身でバレー部を去る最後の最後まで変わらなかったのである。


バレー部解散の危機を伝えるため、部員全員を体育館に集めた清水。

清水は、まず皆の前で謝罪した。

問題が起こってもことなかれ主義で目をつぶってきた自らの消極さと、大沼に全てを任せてきたことが誤りの原因であったと。
だが大沼にとって、これは断じて容認できないことだったのである。
たしかに問題はあったが、彼女には苦労して伝統的な形のバレー部を守ってきた自負がある。
それを、今までまるで無関心で全てを放置しつづけてきた清水が、一体何を持って自分を総括できると言うのか?


・・・・飾り人形にすぎなかった形だけの顧問が、今更何を!

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私に全てを任せたことが誤り?
私がバレー部の伝統を守るために必死で戦っていた時、あなたはバレー部のために何をしたと言うのか?
何もしなかった。何も。 何もよ!!
あなたごときが、キャプテンである私を前に偉そうに語る資格はない!
口を慎め!この無礼者!!

「つまり私はキャプテンとして失格だった、そうおっしゃるんですか?!」
大沼はギラギラした目で清水を睨みつけると挑戦的な口調で問い詰めた。

その迫力にひるんだ清水が、あわてて曖昧な返事でお茶をにごす。誰もがそう思った。ところが・・・


「ええ。あなたには荷が重すぎたようね。」


凄みのある声で清水の答えが返ってきた。

そこには大沼と対決し、場合によっては力ずくでもでねじ伏せてやるという清水の強い決意が感じられた。
清水にとっても、のるか反るかの正念場だったのである。

信じられないという顔をした大沼は必死で弁明する。

「そんな!私は、バレー部の伝統を守るために、これでも一生懸命・・・」

「おやめなさい!」
言いかけた大沼は清水に激しく一喝され黙ってしまった。

「見苦しい!もうバレー部は、あなた一人の力ではどうにもならない所まできているのよ!」
清水を始め全員が、大沼の弁明を女々しい言い訳だと受け取ったのだろう。

だがこれは彼女にとって真実の、悲痛な叫びだったのである。

・・・バレー部の伝統を守って、バレー部のためだけに私は一生懸命やってきた。
なのに、なぜこうなるの? どうしてみんな分かってくれない、どうしてみんなで私の邪魔をするのか・・・


この後、清水の話は部の解散と存続をかけた美沢との再試合の件に移るが、大沼にはもうバレー部に残る気は失せていた。
そして最後まで過ちに気付かず、こずえに捨て台詞を吐いて部を去っていくのである。

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こずえは思いついて大沼の家を訪ねた。

お屋敷というほどではないが裕福そうな大きな家であり、彼女がここで何不自由なく育った事は伺える。

大沼は不在だった。
応対に出た母親は、最近みゆきの様子がおかしい、学校で何があったのかと心配している。
みゆき。
ここでは大沼は独裁者のキャプテンでも女王でもない。ただの高校生の娘、みゆきなのだ。
だがやはり家でもずっと落ち込んだままらしい。
母親に理由をたずねられたこずえだったが、適当に言葉を濁しその場を立ち去った。
もって生まれた威厳と気位の高さはあるが、大沼には雑草のような強さはない。
地に落ちたプライドが一生の挫折となって、このまま彼女の運命を決定してしまうかもしれない。
それは人として黙って見過ごすわけにはいかなかった。
それに選手としても一流である。みすみすあの才能を棒にふるのは惜しい。

だが大沼はもう2度とバレーボールを見るのも嫌になっている可能性もあるのだ・・・



そんな事を考えながら歩き回っているうち、こずえは人気のない川原で一人しゃがみこんでいる大沼を発見した。


家にも居ずらく、着替えもせずにあちこち彷徨っていたのだろうか?
制服のまま呆けたように遠くを見つめる大沼。
ダメージは数日前、校庭で見た時より更に深まっているように見える。
その姿はみずから厄災を招き寄せる被害者のオーラさえ漂っていた。


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危ない。

こんな所をよからぬ連中に見つかったら、たちまち餌食にされてしまうだろう。
 そう思ってこずえが近寄ろうとした時である。
突如、前方よりバレーボールを振り回しながら出現したよい子の群れがこずえの存在などまるで無視して大沼の元へ駆け寄っていた。

「お姉ちゃん、またバレーボール教えて!」

「ええ、いいわよ。」


その幼稚園児と思わしきよい子達を相手に、大沼はボールを打ちはじめた。

「・・・うまいうまい。その調子よ。」

大沼はただ呆けていた訳ではなかった。ここでこの子たちを待っていたのだ。
子供たちを相手に、一つ一つの動きを愛しむかのように延々とバレーのまねごとを続ける大沼。
しかしその顔は幸せに満ちていた。入部初日、猛烈なしごきでこずえ達を完膚なきまでに叩き潰したあの大沼とは思えないような、優しさと慈しみをたたえた表情であった。
 
こずえは不覚にも涙をこぼしそうになった。
これが本当の大沼の姿なのだ。
権力もカリスマも伝統に対する妄執も、全てを無くしたあとに残ったもの。
それはバレーに対する深い愛情。
大沼はバレーを愛している。同じバレーを愛する者として、この人からバレーを奪ってはいけない。
(ここで突如ひょっこり現れた努が、うだうだ言ってこずえの背中を押すシーンが入るが、これ全く余計であるのでカット。『努君、引っ込んでてよ!』)


大沼のもとへ走りよったこずえは、彼女に思いのたけをぶつけた。

「先輩!どうかバレー部にもどってキャプテンを続けて下さい!」

美しい夕焼けをバックに向かい合うこずえと大沼。


「・・・・部室が寂しがっています。どうか戻って来て下さい。部室が怒ったら、私どうしていいかわかりません。」

ん?

部室が怒る?

それは一体どういう意味だ??
・・・・・・
 
まあ野暮は言わずに、ここはこずえらしいリリカルな感情の発露だと言う事で適当に解釈しておこう。
「なんとなく言ってみただけ」 でしょう。多分。
じっさい、ここは感動的な名シーンであるのだから。 

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大沼がどう解釈したのかは知らないが、とにかくこずえの気持ちは伝わった。




翌日、大沼は心を入れ替えバレー部に復帰。それによって武市と石川も思い直し元のサヤに収まった。

なお、原作では大沼は復帰にあたってバレー部全員から殴る蹴るの激しいリンチ(!)を受けて過去の罪を償ったが、アニメではどうか。
精神的には女王の座を追われ失意のどん底を味わった。
肉体的には、こずえの身代わりとなって受けた三原由美子との決闘でボコボコにされ、文字通り血反吐を吐かされた事で精算されたと見てよいだろう。

その後の大沼の大活躍は誰もが知る通りである。
                     



                    「禁断の花園~大沼みゆきをめぐって」・完






大沼みゆき・・・栗葉子
鮎原こずえ・・・小鳩くるみ
清水晴子・・・・森ひろ子


第45話「マシンガン・アタック」(1970・10・11放映)