富士見軍団最後の戦い・3~逆転!第2セット

イメージ 1

こずえの作戦通り、白河を欠いた青葉の戦闘力は目に見えて低下していった。
集中的に狙われた山本は足をからませ何度も転倒。ハイエナの本性を剥き出しにして襲いかかる富士見軍団の攻撃は徹底的に執拗、かつ陰湿だった。
サイドアウトの連続で13対13のスコアが延々と続く中、苛立つ山本は次第に精神のバランスを失ってゆく。



これはイカサマよ!八百長じゃない!
こんな大事な時になぜ白河さんは引っ込んだのよ。
・・・陰謀だわ。青葉を負けさせるため・・・いや、誰かが私を全日本代表から落とそうと仕組んだ計略なんだわ!
そうだ、脱落したとはいえ白河さんは全日本ジュニア選抜の一員だった。
もしかしたら鮎原たちとグルだったんじゃないのか?
鮎原を世界選手権の代表メンバーにするため、富士見と裏で結託したんでは・・・?
そうに違いない!

 

山本の被害妄想と疑心暗鬼は頂点に達していた。

 

畜生・・・湯島コーチばかりか、白河さんまで私を裏切ったんだ。
いつもこうだ・・・私に優しくしてくれた人は、みんな私から離れていく。
みんな、みんないつの間にかいなくなる。
私はいつもひとりぼっちなんだ・・・

 

「山本さん下がって!」

 

我に返った山本が半歩引いた瞬間、山本を狙って飛んできたサーブはサイドの選手がフライングで受けた。
白河や山本が崩れても依然青葉のレベルは高かった。しかしそれが試合を長引かせ、却って山本が集中攻撃にさらされる時間を長くしていた。

 

イメージ 6

トスが上がり、山本の大ボールスパイクが放たれた。
狙ったのは負傷した石松の代わりにバックセンターに入った石川一美。レギュラーメンバーのひねり回転レシーブが効果を発揮し始めた今、穴はここしかなかった。
しかし石川を狙ったスパイクは、飛び込んできた猪股に受けられてしまう。
完全に山本は読まれていた。さらに白河も不在で、執拗な富士見の集中攻撃にさらされ、精神的にも肉体的にもダメージの蓄積した山本が打つ大ボールスパイクは、いまやその6割にも満たない威力にまで落ちていた。

 

斜め横に飛んだボールを、真木村が高速トスする。
甲高いこずえと、ドスの効いた早川の雄叫びがコートにこだまし、次の瞬間二人は0・01秒の狂いもなく同時にジャンプしていた。

 

空中で早川の振り上げた腕が一瞬タメを作る。反射的に山本はその挙動につられてしまう。
集中力が切れている証拠だった。山本が視線を戻した時には、すでにこずえの左腕は消えていた。

 

しまった!

 

至近距離から山本の顔面にこずえのスパイクが炸裂した。

 

足を止め、動けなくしてから顔を狙う。こずえの必殺パターンが始まっていた。
受身を取る間もなく、山本は床に叩きつけられた。
頭部を強打した山本の脳内に火花が散り、きな臭いにおいが鼻を突き抜ける。

 

呻き声を上げて身を起こす山本。
その視界に、ネットの向こうから自分を伺う富士見の前衛三人の姿が飛び込んできた。
イメージ 10

 

眉間を寄せ、冷酷な視線を向ける真木村
口の端に薄ら笑いを浮かべる早川
そして、無表情のまま山本を見下ろしているこずえ

 

・・・体重の重い山本さんは転倒する毎に加速度的にダメージが蓄積される。
起き上がるだけでも相当な体力を消耗するはずだわ。
見てキャプテン、彼女もうフラフラよ・・・

 

・・・ふふ、こずえの作戦通りになったわ・・・

 

・・・山本さんはかなりあせってるわ。
冷静さを失えば呼吸も乱れるし、スタミナも回復できず集中力も無くなる。
白河さんに続いて山本さんも潰してしまえば、それで青葉はおしまいよ。
攻撃。 攻撃よ。 攻撃を反復するのよ・・・

 

山本はゾッとした。
イメージ 3

こいつら・・・こうやって寺堂院の八木沢桂を再起不能にしたんだわ。私もここで潰されるのかしら・・・
イメージ 4



怖い!

 

もう無理だわ!
白河さん助けて!
なぜいないの?白河さん!!
わたし一人じゃだめなのよ!!
 
引き続き富士見のサーブ、受けた青葉のアタックは易々と返され、棒立ちになった山本の顔面に、こずえの狙いすましたスパイクがえぐるようにシュートして命中。
185cmの山本の巨体がバレリーナのように一回転し、そのままもんどり打って床の上に倒れた。

 

14対13、ついに富士見がセットポイントを取った。

 

イメージ 2
「なんて事だ・・・」

 

青葉監督の松木は舌打ちした。
ベンチの隅では白河照子が顔面を蒼白にしてうなだれている。
第2セットの途中で急に調子を崩した白川。富士見の集中攻撃を浴びる事となって交替させたが、ベンチに戻ったとたん白河は嘔吐してしまう。
しかし体調不良というわけではない。それはまるで、彼女の体がコートに出る事を拒絶しているかのような反応だった。
松木はそれが強い精神的なストレスによるものと見た。

 

・・・決勝戦のプレッシャーか?いずれにせよもう白河は使い物にならん。
おかげで山本までこの有様だ。
山本にとって白河は初めての親友。公私に渡って何でも白河に頼りきってきた節がある。
その白河が何の前触れも無く落ちてしまったらそれだけで山本が動揺するのもわかる。
しかし、これほどまでガタガタになるとは思ってもみなかった・・・
イメージ 5

「おれは白河を買いかぶってたようだ。
一度地獄を見た人間だけに、並大抵のことでは負けない強さがあると信じていたのだ。それが、一番肝心な時に折れてしまった。
お前と山本の二人のおかげで優勝まであと一歩の所までこぎつけたが、最後の最後で全部ぶち壊してくれた。
やはり一度負け癖のついた奴は、最終的な勝者にはなれん宿命なんだな・・・」

 

その時長いホイッスルが鳴った。
15対13。
第2セットは富士見の逆転勝利に終わった。

 

コートの真ん中で、山本はがっくりと膝を着いたまま動けなかった。

 

・・・次の第3セット、私は再び集中攻撃にさらされ、今度は間違いなく潰されるだろう。
やつら本気でこの私をぶっ壊すつもりだ。
特に以前大ケガをさせてやった真木村と早川は、ここぞとばかりに畳み掛けてくる・・・・

 

といって逃げるわけにもいかない。
TV中継もされる中、協会のお偉方や、満場の客の前で敵前逃亡すれば、それは致命的な汚点としてずっと記憶されてしまう。選手としての未来が潰されるのは同じだ。
どっちにしろ、全日本代表もオリンピックの栄光も、もう手の届かないものになってしまったんだわ・・・

 

山本はのろのろと立ち上がるとベンチの方角へ歩き出した。
その時、ふと目をやったスタンド席に見覚えのある顔を認める。
湯島、山田会長の隣に試合開始の時には見かけなかったもう一人の男。

 

それは、かつてジュニアチームを率いてニューヨークでの世界大会で準優勝を果たした猪野熊大吾だった。
イメージ 11

山本もバレーをやる者として当然彼の顔は知っている。
白河ほか脱走者まで出した地獄のハードトレーニングが問題となった時のヒステリックな報道ぶりも、まだ彼女の記憶に新しかった。
そして何より、白河自身から打ち明けられた当時の恐怖と屈辱は、山本にとっても強烈な印象として刷り込まれていた。

 

そうか・・・白河さんは猪野熊監督の姿を見てしまったんだわ。それで・・・

 

山本は、ベンチの隅で震えるように小さく固まっている白河を見て全てを悟った。
同時に、このかけがえの無い親友を疑ってしまった己の醜い心に、深く恥じ入るのであった。

 

かわいそうな白河さん・・・私は今まで自分の事ばかりで白河さんの苦しみをこれっぽちも考えなかった。
口では親友と言っていながら、彼女の事を何も理解していなかったんだわ。
あの人は自分自身も押しつぶされそうなプレッシャーと戦いながら、それでもいつも私の事を気遣い、支えていてくれた。
彼女自身アタッカーとして活躍する事もできたのに、徹底的に私のサポートに徹してくれたのは、二人で大きな目標を成し遂げるためだった。
なのに私は白河さんにただ甘えていただけだったんだわ。

 

それだけじゃない・・今だからもう認める。私は鮎原さんに嫉妬していた。
大ボールスパイクで彼女を叩き潰そうとしたのも、本当は個人的な嫉妬だったんだ。
私は湯島コーチに憧れていた。

好きだったんだ・・・

イメージ 7

イメージ 8

・・・私は、つまらない嫉妬や自分が代表に選ばれたい一心から、また昔のように汚いバレーをしてしまった。そんな自分の愚かさが白河さんとチームを追い込んだのだ。

 

私がいつも一人だったのはみんなに拒否されていたんじゃなく、自分から避けていたからじゃなかったのか。
受け入れられなかったのではなく、自ら拒んでいたのではなかったのか。
自分は臆病だった。
裏切られるのが怖くて他人を信じる事ができなかった。
傷つくのが怖くて人を好きになる感情を避けてきた。
そして、自分が臆病である事さえ、目を背け覆い隠そうとしてきたのだ。
でも、そうまでして守ろうとした自分とは一体何だったのか。
もっと大切で価値のあるものが目の前にあったのに、なぜそれを見ようとしなかったのか。

 

山本は、心を覆っていた霧が晴れていくような気がした。

 

今度は私が白河さんを救ってあげなくてはいけない。
バレーをするのよ。
白河さんとチームの仲間と供に。
湯島さんも全日本代表も忘れてこの一戦に勝って優勝する、ただそれだけの為にプレイするんだわ!

 

山本は顔を上げると、小走りで仲間の方へ急いだ。




「困ったな!」

 

松木は集合した選手達を前に、俯いたままの白河を横目で睨んだ。

 

「白河がこんな調子じゃ、第3セットも白河抜きでやるしかない。みんな、しっかり頼んだぞ!」

 

松木の言葉は白河に対する嫌味な当て付けも含んでいた。
今の状況ではもう青葉の勝利は絶望的である。春の選抜の一件もあるし、2度も富士見に負けたらスポーツエリート校のメンツが立たない。彼がこの試合後監督をクビになる事は必至だった。

 

「まって下さい監督!」

 

不意に上がった山本の声に、白河が顔を上げた。
松木を始め、チーム全員も山本に注目する。
山本は白河が顔を向けたのを確認すると、静かに語り始めた。

 

・・・第2セットを落としたのは、何も白河さんだけの責任ではありません。
私もいけなかったんです。
白河さん。みんなも聞いて下さい。私は・・・




イメージ 9

 

「まずいわ!」

 

一方、反対側の富士見ベンチ。
逆転で第二セットを取り、チーム全員が喜びに湧く中、
横目で青葉ベンチの様子を伺っていたこずえは、不意に顔を歪め激しく舌打ちした。

 

しまった・・・糞ったれ!

 

(つづく)





第91話 『勝ち取った全日本』(1971年8月29日放映)